(大人の童話)


File. 02 駅は遊び場


 ケンジくんはお母さんに連れられて、家の近所にある駅にやってきました。天気のいい日の午後はよくこの

駅までお散歩します。昔の田舎の駅は改札口もなく、だれでもホームへ上ることが出来ました。

 ケンジくんは今1歳と3ヶ月で、お母さんは近所に住む2歳の男の子、キヨシくんも連れて駅にやってきま

す。ケンジくんが1歳になったときに、初めてこの駅に連れてこられたのですが、通過する蒸気機関車の大き

な汽笛の音に驚いて、泣き出してしまいました。

 お母さんは「ケンちゃん、大丈夫よ。こわくないのよ。」と、あわててケンジくんに言いましたが、なかな

か泣き止もうとはしませんでした。その時もキヨシくんが一緒にいましたが、キヨシくんは平気な顔をして、

泣いているケンジくんの頭を、やさしく撫でてあげていました。

 それから3ヶ月たって、ケンジくんも蒸気機関車に慣れてきて、キャッキャッと言いながら手を振って見て

います。ただ、気をつけないと「シンダ」という石炭の燃えたカスが飛んでくることがあるので、お母さんは

蒸気機関車が通過するときは、シンダがケンジくんの目に入らないように、手をかざして気をつけています。

 駅には子供たちばかりでなく、犬や猫も遊びにやってきます。そんな動物たちともケンジくんはお友だちに

なってしまいました。今日もケンジくんのそばで、大きな猫があくびをしています。

 また学校が終わって帰る途中の子供たちも、駅に寄ってしばらく遊んでいくことがあります。

「ケ〜ンジく〜ん、あ〜そ〜び〜ま〜しょ」と、いつもの女の子がやってきました。一人っ子のケンジくんに

とっては、やさしいお姉さんのような存在です。

 ケンジくんは蒸気機関車も好きですが、赤とクリーム色にきれいに塗り分けられた、ディーゼルカーも好き

でした。ディーゼルカーが駅に着くと、じっと見つめています。車掌さんもそんなケンジくんに、手を振って

くれます。ケンジくんも「バイバイ」と、小さな手を振って、大好きなディーゼルカーを見送ります。

 夕方になって風が出てきた頃、ケンジくんはお母さんに手をひかれて家に帰って行きました。

 ケンジくんが大きくなって、この田舎の小さな駅も、鉄道の近代化で電車が走り出し、自動改札機が設置さ

れて、昔のように勝手にホームへ上ることは出来なくなりました。

 ケンジくんも結婚して男の子が出来ました。時々は駅の近くの踏切へ、子供を連れて電車を見に来ますが、

新しい電車はあっという間に駅を通過し、ワンマン運転のため、車掌さんが手を振ってくれることもなくなり

ました。子供を連れたケンジくんはこの駅へ来ると、お母さんに連れられて来た、遠い昔のことをいつも思い

出します。
 



思い出の情景
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