山間の小駅に私の乗った下り列車が到着した。日はとっぷりと暮れているが、山の稜線はまだかすかに見え ている。この駅で上りと下りの列車が交換するダイヤになっているようだ。町へ向かうこの下り列車には乗客 はほとんど乗っておらず、列車が停車するとあたりはシーンとして、ほとんど物音は聞こえなくなっていた。 遠くで汽笛が聞こえてしばらくすると上りの列車が到着した。町から仕事を終えて家路につく人たちで座席 はほとんど埋まり、クラブ活動で遅くなった学生たちが数人、通路に立って談笑していた。向こうの車内では 賑やかな会話が交わされていることだろう。この小さな駅で降りる人はいなかったので、上り列車が停車する と少しの間は静寂があたりを包んだ。 タブレットの交換が終わったようで、あとから着いた上り列車が先に発車した。一日の仕事を終えて安堵の 表情をした人や、学校が終わって楽しそうな学生たちの顔が、どの窓からも見えていた。 もの哀しいテールランプの赤い光が過ぎ去り、線路はしばらくカタンカタンとかすかな音を立てていたが、 列車はトンネルに入ったようで、テールランプの明かりも見えなくなり、線路も静かになった。 汽笛が一声鳴って重い腰を上げるように、こちらの列車もゆっくりと発車した。ガタガタガタとポイントを 渡る音がして、あとは今までのカタンカタンという単調な響きに変わった。 小さな駅に二度停まったが、乗ってくる人は全くいない。停車するたびに息苦しくなるような静寂が、この 客車の中を支配した。その静寂を破るのはいつも一声の汽笛だった。 まもなくこの列車の終着駅に到着する。支線とのジャンクションになっているようで、車内のスピーカーか らは車掌の乗換え案内が聞こえてくるが、私には用のないものだった。ある事情で東京に居られなくなった私 は、この山陰の小都市まで流れてきた。明日からはこの町で新しい生活を始めなければならない。 駅に着いた列車から降りたのはわずか数人だった。夜の8時前だというのに、ホームには人影がまばらで、 売店のシャッターも閉まり、待合室にもほとんど乗客はいなかった。駅前には閑散とした商店街もあったが、 私は安宿を探して駅の裏手の方へ歩いて行った。 |