(大人の童話)


File. 04 夜の停車駅

「夜の停車駅」写真

 山間の小駅に私の乗った下り列車が到着した。日はとっぷりと暮れているが、山の稜線はまだかすかに見え

ている。この駅で上りと下りの列車が交換するダイヤになっているようだ。町へ向かうこの下り列車には乗客

はほとんど乗っておらず、列車が停車するとあたりはシーンとして、ほとんど物音は聞こえなくなっていた。

 遠くで汽笛が聞こえてしばらくすると上りの列車が到着した。町から仕事を終えて家路につく人たちで座席

はほとんど埋まり、クラブ活動で遅くなった学生たちが数人、通路に立って談笑していた。向こうの車内では

賑やかな会話が交わされていることだろう。この小さな駅で降りる人はいなかったので、上り列車が停車する

と少しの間は静寂があたりを包んだ。

 タブレットの交換が終わったようで、あとから着いた上り列車が先に発車した。一日の仕事を終えて安堵の

表情をした人や、学校が終わって楽しそうな学生たちの顔が、どの窓からも見えていた。

 もの哀しいテールランプの赤い光が過ぎ去り、線路はしばらくカタンカタンとかすかな音を立てていたが、

列車はトンネルに入ったようで、テールランプの明かりも見えなくなり、線路も静かになった。

 汽笛が一声鳴って重い腰を上げるように、こちらの列車もゆっくりと発車した。ガタガタガタとポイントを

渡る音がして、あとは今までのカタンカタンという単調な響きに変わった。

 小さな駅に二度停まったが、乗ってくる人は全くいない。停車するたびに息苦しくなるような静寂が、この

客車の中を支配した。その静寂を破るのはいつも一声の汽笛だった。

 まもなくこの列車の終着駅に到着する。支線とのジャンクションになっているようで、車内のスピーカーか

らは車掌の乗換え案内が聞こえてくるが、私には用のないものだった。ある事情で東京に居られなくなった私

は、この山陰の小都市まで流れてきた。明日からはこの町で新しい生活を始めなければならない。

 駅に着いた列車から降りたのはわずか数人だった。夜の8時前だというのに、ホームには人影がまばらで、

売店のシャッターも閉まり、待合室にもほとんど乗客はいなかった。駅前には閑散とした商店街もあったが、

私は安宿を探して駅の裏手の方へ歩いて行った。



思い出の情景
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